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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)89号 判決

名古屋市中村区大正町4丁目39番地

原告

株式会社辰建

同代表者代表取締役

中村駿介

同訴訟代理人弁護士

内藤義三

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

荻島俊治

渋井宥

中村友之

井上元廣

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第15331号事件について平成5年4月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年7月1日、名称を「出し入れを改良した橋本式門扉」(後に「門扉用引戸」と補正」)とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(実願昭61-101228号)をしたが、平成4年6月17日拒絶査定を受けたので、同年8月12日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第15331号事件として審理した結果、平成5年4月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年6月23日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

前部下端に支持用戸車を設けるとともに後部上端に懸垂用戸車を設けた引戸を、表側支柱と裏側支柱間に通し、該裏側支柱上部と後部支柱上部間に張設したレールに前記懸垂用戸車の溝を係合させて、該懸垂用戸車が前記レール上を滑動して引戸が開閉するようにした門扉用引戸において、前記懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも1.8mm~7mm広くしたことを特徴とする門扉用引戸。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、本願の出願前に日本国内において頒布されたことが明らかな刊行物である実公昭52-13148号公報(以下「引用例」という。)には、「引戸1の前端下部に戸受用戸車2を設け、後部上端裏側に戸車3を取附けると共に引戸1を表支柱4と裏支柱4’により挟持し、裏支柱4’と後部支柱5間にレール6を張設して、引戸1の戸車3をレール6上に滑動自在に係合して成る門の引戸。」(第1頁左欄14行ないし19行)が記載されており、また、第1ないし第3図には、レール6は、裏支柱4’上部と後部支柱5上部間に張設すること、戸車3は溝形の戸車であることが示されている。

(別紙図面2参照)

(3)  そこで、本願考案の門扉用引戸と引用例に記載された考案の門の引戸とを対比して検討すると、引用例でいう、戸受用戸車、戸車、表支柱、裏支柱が、本願考案でいう支持用戸車、懸垂用戸車、表側支柱、裏側支柱に相当することは明らかであり、また引用例でいう「引戸1を表支柱4と裏支柱4’により挟持する」ということは、引戸1を表支柱4と裏支柱4’の間に挟みつつ通すという意味であることは明らかであるから、本願考案と引用例に記載された考案は、いずれも「前部下端に支持用戸車を設けるとともに後部上端に懸垂用戸車を設けた引戸を、表側支柱と裏側支柱間に通し、該裏側支柱上部と後部支柱上部間に張設したレールに前記懸垂用戸車の溝を係合させて、該懸垂用戸車が前記レール上を滑動して引戸が開閉するようにした門扉用引戸」である点で一致し、両者は、本願考案では、懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも1.8mm~7mm広くしたのに対し、引用例には、そのようなことが記載されていない点で相違している。

(4)  そこで、上記相違点について検討する。

溝形の戸車は、その溝にレールを嵌合させて走行するものである以上、戸車の溝の幅は、レールが嵌合できるようにレールの幅以上の寸法でなければならないことは当然のことであり、また、レールや戸車を支柱や引戸に取り付ける際には、レールや戸車の幅方向においても多少の寸法上の狂いが生じることも普通のことであるから、レールや戸車の取付時の幅方向の寸法上の狂いを考慮して、それを解消するため、戸車の溝の幅を、レールの幅より多少大きくしておくことは、当業者のきわめて容易に想到し得るところと認められる。

そして、実際に戸車の溝の幅とレールの幅の差をどの位にするかということは、結局、門扉用引戸の設置工事でレールや戸車の取付精度がどの程度に保障されるかということに関係するので、一律に決まるものではないが、門扉用引戸の通常の設置工事で生じるレールや戸車の幅方向の寸法上の狂いは、せいぜい数mm程度であると考えられるから、それを解消するために戸車の溝の幅とレールの幅との差を数mm程度に設定することは、当業者であればきわめて容易になし得ることと認められる。

したがって、本願考案では、懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも1.8mm~7mm広くしたと規定しているものの、戸車の溝の幅とレールの幅との差を数mm程度に設定することは、当業者のきわめて容易になし得ることであるから」結局、本願考案は、引用例に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)は争う。

審決は、相違点についての判断を誤り、その結果、本願考案の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  審決は、門扉用引戸の設置工事によって生じるレールや戸車の幅方向の寸法上の狂いを解消するために、戸車の溝幅とレールの幅との差を数mm程度に設定することは当業者であれば容易になし得ることであるとした上、このことから、本願考案において懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも1.8mmないし7mm広くした点も容易になし得ることである旨判断している。

しかし、本願考案は、引戸の開閉が容易で、かつガタツキ(ブレ)も少ないという相反する効果が同時に得られることを目的として、実験の結果、懸垂用戸車の溝幅とレールの幅との差につき上記のような数値限定を設定したものであって、設置工事による工事誤差の吸収を目的とするものではない。

本願考案(引用例のものも同じ)のように、レールの上を戸車が走る方式では、例えば、支柱が設計から外れた位置に設置され、そのためにレールもその方向にずれたとしても、引戸は戸車によりレールに沿って移動するだけであるから、レールと戸車との関係において、設置工事による誤差の影響が数mmになるというようなことはない。通常であれば、設置工事による誤差の影響はほとんどなく、あったとしてもせいぜい1mm程度(むしろ0.5mm程度)であるから、設置工事による誤差の影響を解消するためであれば、戸車の溝幅とレールの幅との差はその程度に設定すればよいのである。本願考案は、設置工事による誤差の影響がほとんど考えられない引戸において、前記目的を達成するために、懸垂用戸車の溝幅とレールの幅について前記のとおりの数値限定をしたものである。勿論、上記数値の設定により、結果的には工事誤差も吸収しているが、工事誤差を吸収するためだけであれば、懸垂用戸車の溝幅とレールの幅との差を1mmより少ない程度に設定すれば十分である。

したがって、工事誤差を吸収するために懸垂用戸車の溝幅とレールの幅との差をどの程度に設定することが必要であるかというようなことからは、本願考案における目的を達成するための上記数値は得られず、また、本願考案は、上記数値限定により顕著な作用効果を奏するものであるから、相違点についての審決の判断は誤りである。

(2)  被告は、引用例に記載された考案も、本願明細書でいう、ガタツキを少なくし、かつ軽く開閉できるという目的と軌を一にする事項をその目的とするものである旨主張する。

しかし、被告が上記主張の根拠とする、引用例の「横振れや横倒れすることがなく極めてスムーズに滑動する」との記載は、戸車が引戸の下にのみ取り付けられている従来の門の引戸との比較において述べているにすぎず、戸車の溝幅とレールの幅との間に本願考案のような差を設けたことによる効果を述べたものではない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

引用例に記載された考案は、「横触れや横倒れすることがなく極めてスムーズに滑動する」(甲第4号証第1頁右欄11行、12行)との記載からも明らかなように、本願明細書でいう、ガタツキを少なくして、かつ軽く開閉できるという目的と軌を一にする事項をその目的とするものであり、そのような目的は、この種の引戸においては当たり前のことである。

そして、引用例に記載されたような引戸は、地面に立設した支柱間にレールを張設しているものであるから、仮に、各パーツが十分精度良く製造されているとしても、支柱を地面に立設する際の支柱の立設位置及び支柱の姿勢を精度良く保つことは難しいことから、各支柱間に張設されたレールも支柱の取付精度に影響されて、レールや戸車の幅方向にかなりの寸法上の狂いが生じることは考えられることである。門扉用引戸の個々の設置工事で、寸法上の狂いが1cm位になれば現場施行者も目視によってすぐ気付くので、そのような大きい狂いが生じるとは考えられないが、数メートルの工事物で数mmの狂いは、支柱立設の際の支柱位置及び支柱の姿勢を精度良く保つことが難しいことから、現実に十分あり得ると考えられる。

しかして、門扉用引戸の設置工事で生じるレールや戸車の幅方向の寸法上の狂い(原告のいう工事誤差)を吸収しておくことは、本願明細書でいう、引戸を軽く開閉できるという目的と正に関係することである。そして、通常の設置工事で生じるレールや戸車の幅方向の寸法上の狂いはせいぜい数mm程度であると考えられるから、それを解消するために戸車の溝幅とレールの幅との差を数mm程度に設定することは、当業者であればきわめて容易になし得ることである。

なお、戸車の溝幅とレールの幅との差を必要以上に大きくして、わざわざ引戸のガタツキを増す必要性はもともと存在しないから、戸車の溝幅とレールの幅との差を必要以上に大きくするということは、現実にはあり得ないことである。

したがって、取消事由は理由がないものというべきである。

第4  証拠

本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、引用例に審決摘示の記載があること、本願考案と引用例に記載された考案との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることについても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  上記のとおり、本願考案と引用例の考案とは、「前部下端に支持用戸車を設けるとともに後部上端に懸垂用戸車を設けた引戸を、表側支柱と裏側支柱間に通し、該裏側支柱上部と後部支柱上部間に張設したレールに前記懸垂用戸車の溝を係合させて、該懸垂用戸車が前記レール上を滑動して引戸が開閉するようにした門扉用引戸」である点で一致し、ただ、本願考案では、懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも1.8mmないし7mm広くしたのに対し、引用例には、そのようなことが記載されていない点で相違しているにすぎない。

(2)  成立に争いのない甲第3号証によれば、本願考案の平成4年9月4日付け手続補正書添付の明細書(本願明細書)には、「引戸のガタツキあるいは引戸開閉時の重さは、懸垂用戸車の溝の幅とレール幅に関係し、戸車の溝幅をレール幅に対して広くすれば、引戸の開閉が軽くなる反面引戸がガタツキ易くなり、逆に戸車の溝幅をレール幅と一致させれば、ガタツキがなくなる反面引戸の開閉が重くなると推測される。」(第2頁19行ないし第3頁5行)、「本考案は・・・ガタツキを少なくして、しかも軽く開閉できる門扉用引戸を提供しようとするものである。」(第3頁16行ないし18行)、「本考案は、引戸の後部上端に設けた懸垂用戸車の溝の幅を、該戸車と係合するレールの幅よりも1.8mm~7mm広くしたため、引戸のガタツキを少なくでき、それと同時に引戸の開閉も軽くできるようになったのである。」(第8頁末行ないし第9頁4行)と記載されていることが認められ、これらの記載及び実施例に関する説明(第5頁8行ないし第8頁18行)によれば、本願考案は、引戸のガタツキを少なくして、しかも引戸を軽く開閉できる門扉用引戸を提供することを目的とし、引戸のガタツキあるいは引戸開閉時の重さが懸垂用戸車の溝幅とレールの幅に関係するという認識から、実験の結果、懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも1.8mmないし7mm広く設定したものであることが認められる。

(3)  ところで、引用例(成立に争いのない甲第4号証)には、「引戸1は表支柱4と裏支柱4’により挟持して案内されるから、横振れや横倒れすることがなく極めてスムーズに滑動する。」(第1頁右欄10行ないし12行)、「単に上下2個の戸車により開閉されるため操作は軽快であって」(同欄17、18行)と記載されているところ、引用例中の「従来の門の引戸は戸車が引戸の下に取付けられているため、人又は自動車などの出入りによりレールが損傷したり、土砂の堆積により開閉が妨げられ、支障を来すことが多発し不便なものであった。本案はこの欠点を除くため考案されたものである」(同欄1行ないし6行)との記載に照らすと、引用例の考案の効果に関する上記記載は、直接的には、従来の戸車が引戸の下に取り付けられている門の引戸との比較において述べられているものと認められる。

しかし、懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも広くする場合に(戸車の溝幅はレールが嵌合できるようにレールの幅より広いことは当然のことである。)、その差が小さすぎるときは、戸車のつば部分とレールが接触する割合が多くなり、摩擦抵抗が生じて引戸の開閉が重くなること、逆に、その差が大きければ引戸の開閉は軽くなるが、大きすぎると引戸がガタツキ易くなることは、技術的に自明のことであるから、懸垂用戸車を用いた門扉用引戸の設置に当たっては、引戸のガタツキを少なく、しかも引戸を軽く開閉できるように、戸車の溝幅とレールの幅との差が設けられているものと認められる。そして、引用例記載の門の引戸も、「横振れや横倒れすることなく極めてスムーズに滑動し、操作は軽快」なものであるから、引戸を軽く開閉することができるように戸車の溝幅をレールの幅よりも多少広く形成し、かつ、横振れを制約するために戸車の溝幅とレールの幅との差の上限を制限して、引戸のガタツキが生じないようにしているものと認められる。

(4)  次に、門扉用引戸の設置工事において、レールや戸車を支柱や引戸に取り付ける際に、レールや戸車の幅方向において常に寸法上の狂いが生じないようにすることは、現実問題として不可能であり、多少でも寸法上の狂いが生じた場合には、戸車とレールが互いに干渉して戸車の走行に支障を来し、引戸の開閉がスムーズにいかないというようなことは十分起こり得ることであると考えられる。したがって、このような設置工事による誤差の影響を解消すべく、戸車の溝幅をレールの幅より多少大きくしておくことは、当業者において当然考慮すべき事項であると認められる。

(5)  前記のとおり、懸垂用戸車の溝幅とレールの幅との差が小さすぎるときは引戸の開閉が重くなり、逆に、その差が大きすぎるときは引戸がガタツキ易くなることは、技術的に自明であること、引用例記載の門の引戸も、引戸を軽く開閉することができ、かつ引戸のガタツキが生じないようにしているものであることからしても、引戸のガタツキを少なくして、しかも引戸を軽く開閉できる門扉用引戸を提供するという、本願考案の目的自体は何ら格別のものとは認められない。

そして、引戸を軽く開閉することができるとともに、引戸のガタツキを少なくし、さらに工事誤差による影響を解消するという技術内容に照らすと、これらの点を満足するために通常設けるべき戸車の溝幅とレールの幅との差は数mm程度のものと想定される。

そうすると、懸垂用戸車の溝幅をレールの幅よりも1.8mmないし7mm広くするという、本願考案の数値限定は、上記通常設けるべき程度の範囲のものというべきであって格別のものとは認め難く、当業者においてきわめて容易に想到し得る程度のものと認めるのが相当である。

したがって、相違点についての審決の判断に誤りはないものというべきである。

(6)  原告は、審決が、門扉用引戸の設置工事による誤差の影響を解消するためにという観点から、戸車の溝幅とレールの幅との差を数mm程度に設定することの容易性を説示していることを論難しているところ、審決の理由の要点によれば、審決は、戸車の溝幅とレールの幅との差について、門扉用引戸の設置工事による誤差の影響を解消するためにという観点から多くを論じていることは、原告の指摘するとおりである。

しかし、審決は、相違点の判断につき、「溝形の戸車は、その溝にレールを嵌合させて走行するものである以上、戸車の溝の幅は、レールが嵌合できるようにレールの幅以上の寸法でなければならないことは当然のことであり、」とも説示しているのであって、門扉用引戸の設置工事による誤差の影響を解消するためにという観点からのみ、設けるべき戸車の溝幅とレールの幅との差を論じているわけではないし、前記技術的に自明の事項及び引用例の記載をも併せ考えれば、本願考案は引用例に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものとした審決の判断は、結論において誤りはないものというべきである。

以上のとおりであって、取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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